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  ■今月のやきもの『ゆずの器』
  ■やきもの探し歩記・・「やきもの探し歩記」は4週間の掲載です
  ・No.161北陸紀行第三回(2005.11.14掲載)
  ・No.158八木一夫展を見る(2005.8.22掲載)
  ・No.159北陸紀行第一回(2005.10.3掲載)
  ・No.160北陸紀行第二回(2005.10.24掲載)

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■今月のやきもの『ゆずの器』

だいぶ朝晩の気温も下がって、油断していると風邪をひいてしまいます。
文化の日、秋分の日と紅葉も見に行きたい季節ですね。
益子も陶器市が終了してこれからはオフシーズンといった風情になってしまうのでしょうか。
その、益子の陶器市ではゆずがお土産用として売られています。
でも、この「ゆず」。冬至のゆず湯や鍋料理のぽん酢として利用する以外になにかあるのかしら、と思っていたら、韓国では「ゆず茶」というものがあるのですね。ところが、「茶」とは言うものの、煎じているわけではなく、ジャム状の物をお湯に溶かして飲むものだそうな。
国内では、大分の方に「ゆず胡椒」というものがあって、胡椒の実と刻んだゆずを漬けたようなものですが、これまた鍋料理にピッタリ。まあ、いずれにしても「ゆず」は冬のものですね。
さて、今回の作品は九谷焼の陶芸家・山田義明氏の作品。
九谷の五彩をベースにモダンな絵付けを生み出している陶芸家。今に生きる九谷の絵。
ゆずの香りただよう器。

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左:山田義明作  湯呑

■やきもの探し歩記

No.161-北陸紀行第三回(2005.11.13掲載)

更新が延び延びになってしまったので、いまさらとも思いますが、北陸紀行の三回目をどうぞ。
北陸紀行とはいえ、三日目は京都の町歩きです。
武生から特急で一時間ほどで京都に着きます。京都駅はかつてと比較して、ますます複雑になりシンプルにバスに乗れたころが懐かしいです。
さて、今回京都を訪ねた目的は楽美術館。長次郎を祖とする、楽家の作品を収蔵する美術館ですが、近年はさまざまなイベントを開催して、より身近に楽焼を感じてもらおうとしている試みが行われています。
その中でも、毎月行われているのが、代々の作品を手に触れることができる「手に触れる楽茶碗鑑賞会」です。今回は、かねてより参加したかったこの会にスケジュールが合うことが解り、事前予約して訪ねました。
11時の開始時間に集合した参加者は13人。始めに楽家の小間の茶室に通され、実際の道具組の状態で茶碗や水差し、掛け軸、花入れなどを鑑賞します。の13人はいかんせん狭すぎで、次ぎに広間に通されますが、ここが当の観賞場所となります。
美術館の職員の女性が一碗ずつ、その特徴や銘を説明したあとに、時計回りで参加者に茶碗が回されます。
最初の茶碗は小間の花入れにあった秋海棠と同じ銘の旦入作・赤楽。二碗めが、弘入作・黒楽の寿賀銘の茶碗。寿賀とは弘入の妻とのこと。三碗めは弘入・寿賀合作の立鶴絵の赤楽。長次郎は無理でも道入を期待していたのですが、ちょっと残念。
実は館内では季節の展示をしていますので、このうちの数碗はショーケースを留守にして、鑑賞会へ持ってくるらしいです。同日に普通に見学している人はかわいそう!
参加してはっきりしたことは、赤楽の黒い模様は窯変であると確かめられたこと。赤楽は塗り土が赤く発色していること。引出のはさみ跡は釉薬が厚く塗られてなければ、跡がつくことがないこと、などなど。やはり得るものはありました。
また、この鑑賞会の日のみに放映されるVTR、ここで十五代氏の奥様が登場します。茶色の釉薬なので、加茂川石だと思いますが、十五代氏が筆塗りする間に奥様が釉薬をかき混ぜ続けている場面が撮影されていました。孤独な作業と思われていた楽茶碗づくりにおいて意外なシーンでした。
のべで一時間ほどの会ですが、チャンスがあればぜひご参加下さい。
午後は、清水坂へ行き、滝口和男氏の店舗を覗きます。展示されている作品数が少ないことや営業しているかいないか分からないような暗さには閉口しますが、そのために観光客はまず入ってこないので、ゆっくり見られます。
京都陶芸家の作品はバス停前の会館で多数見られます。寡作の鎌田幸二氏の作品もここで購入できます。
最後は、河井寛次郎記念館に。ゆっくり時間が流れるような静かな場所なので、時間があればのんびりとイスに座ってすごしましょう。
でも、京都の土日はダメ。来るバスに乗れないケースがあったり、ノロノロと渋滞で、時間ばかりがとられてしまいます。
でも、紅葉を見にまた行きたーい!

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左:楽美術館看板


左:弘入作黒楽茶碗・銘寿賀
(実際には写真撮影できません)

左:河井寛次郎記念館・登り窯
(実際には写真撮影できません)

No.158-八木一夫展を見る(2005.8.22掲載)

1ヶ月半の会期だからまず行けるなーと思っていた八木一夫展にやっとこさの思いで時間を都合つけ、なんとか終了前に足を運べました。場所は東京・目黒の東京都庭園美術館。某かの旧邸を美術館に改装した建物で、浴室にも作品の展示があるちょっと変わった美術館です。
さて、今回の展示会で作品の多さに驚きましたが、実はその作品の7-8割が個人の蒐集作品であることに新たに驚きました。もちろん、匿名ですから特定の個人に蒐集物としての数が多い可能性もあるのですが、これら八木作品が個人の家でひそかに息づいていたかと思うとよくもまあこれぼど一堂に会した物だと恐れ入ります。イサムノグチや岡本太郎の時代ともリンクしますので、こうしたオブジェに対する人気があったのかも知れませんが、生み出された作品のほとんどが作者の元を離れていったことにも恐れ入ります。
展示物としては有名な「サムザ氏の散歩」があります。改めてよーく見てみると縦を向いているあのリングの側面に目跡があり、なるほど寝かせて焼成した物だとわかります。まあ、立てたままだと円が歪むので当然でしょうが・・・。
その一方で、同名の別作品が存在していたりして、驚きもあります。
サブテーマとして「陶芸の冒険 オブジェと茶碗」とあったので、茶碗に期待していたのですが、展示数の少なさにガッカリ!
とはいうものの、実は下記写真にある茶碗を少し以前に百貨店で見ていたので、八木茶碗の見事さも理解できました。
粉引の使い方は見事。微妙な口縁の歪みも見事。

なお、同展はすでに終了しています。
見逃した方は10月からの岐阜現代陶芸美術館へ。300ページを超える図録はぜひ持っていたい一冊かと!



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上:八木一夫作・茶碗

No.159-北陸紀行第一回(2005.10.3掲載)

ごめんなさい。更新をさぼって、北陸に行ってました。連休を利用した二泊三日の北陸行。今週は初日の模様をご紹介いたします。
羽田から小松へ。飛行時間は実に45分ほど。離着陸含めて1時間。電車で千葉へ行くよりも早いのです。平日だったので乗客の多くはビジネスマン。確かにこの飛行時間なら仕事でも苦にならないでしょう。
小松に着いて目指すは山田幹夫氏の工房。鉄釉と藁灰のコントラストを生かした作品や天目釉を使用した作品がメインです。
辰口温泉という金沢郊外の丘陵地帯に同氏の工房はあります。付近はアーティスト村として工芸作家を誘致して村おこしをしていたようです。
さて、山田氏の作品は独自の釉薬造りから始まります。藁灰は付近の田圃から無農薬の稲藁確保して作ります。鉄釉は付近の山を歩いて見つけだした含鉄土石を砕いて作ります。自ら「岩石オタク」と言うほど、さまざまな土石を試みているとのこと。土灰は暖房に使用した薪から得ています。生活の場から生まれた材料を原料に釉薬が作られています。
鉄釉自体が流れやすい上に、厚く二度掛けされた藁灰釉も流れやすく、流れ出したら底まで落ちてしまう微妙なバランスを楽しんでいるかのような作品です。
土は作陶を学んだという越前の陶土を使用。強還元で黒い胎土となるまで焼あげます。釉薬の鉄分と陶土の鉄分を併せて、発色を深めます。

作品を見せていただいたあと、九谷陶芸村に向かいます。その前に、西岡小十氏の辰口窯を覗かせていただきました。管理を頼まれているという炭焼き職人の方案内で窯の見学を少々。小十氏ここ数ヶ月間は姿を見せないとのこと。釉掛けされた作品がそのまま残されていたり、強風にあおられて落ち砕けた焼成前の作品が物悲しくたたずんでいました。炭焼き職人の方がおっしゃっていましたが「使ってあげないと窯がかわいそうだ」。まさしくそう思います。
でも実に面白い窯です。勾配が極めて弱く、穴窯に段を付けた感じです。梅華皮を取るための工夫のようですが、ここでの作品はなにか一つおかしい気がしていました。その原因はここにありそうです。もちろん、すべてがすべてではないのですが、やはり焚くことが難しそうです。

その後、陶芸村の資料館と卸団地を一巡り。作品は市価の6掛けから8.5掛けまで。作家物をまめに探せば儲け物。バスの時間が無く20分ほどバタバタして、小松駅に戻ります。だいたい、陶芸村にはバスが寄らないのはどうかしているもの。

小松でオススメなのが「月よみ山路」。栗ようかんなのですが、笹に包んでから蒸し上げた少々硬めで甘さ抑えめの逸品。おみやげにはぜひ。夕食に「駒長」という店で挽きぐるみの田舎そばを堪能。これも食べ応えのある逸品でした。
小松は駅前が開発され、十年前に訪れたときのひなびた雰囲気は駅前からは一掃されてしまいました。しかし、商店街はさびれる一方のようで、地方都市の悲哀が感じられます。
そんな思いを抱きつつ、特急で宿泊先の福井県武生市へ。自由席だったのですが、この区間は通勤客も多いのでしょうか、しばらく着席できずに閉口しました。45分ほどで到着。しかし、その武生では意外な事実が・・・。詳細は次回にて。

次回は越前の窯場巡り。

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左:山田幹夫氏工房
と作品1-3


左:西岡小十・辰口窯と
山田幹夫氏


No.160-北陸紀行第二回(2005.10.24掲載)

武生駅。駅前に大きなロータリーがあり、右手には大きなスーパーが。左手にあるホテルが宿泊先です。さて、チェックインして、朝食をコンビニで調達しようと、その場所をホテルのフロントでたずねると、徒歩15分くらいの所にしかない、とのこと。駅の構内に小さいKIOSKともコンビニともとれるものはありましたが、今時なぜにとも思うこの事態! しかしながら、先ほどのスーパーが9時まで開店とのことで、急げば間に合うと、のこのこ出かけて事なきを得ました。でも、何? 武生ってどんなん?
明けて、土曜日。朝の町はややのんびり明けました。本日は越前の窯元へ。
この越前でのメインとなる、三好健太郎氏にお手数ながら出迎えに来ていただき、同氏の自動車で工房へ。5分ほど、車を走らせると、ここから先に信号はない、と三好氏。たしかに、これもスゴイ。そんなに田舎でもないと思いますが、やはり信号が不要なくらいの交通量なのでしょう。
20分ほどで三好氏の工房へ到着。一階の作業場横の階段をあがると作品の展示場所がゆったりととられています。お茶をいただきながら、作品を見せていただきます。徳澤守俊氏に学んだという唐津は清楚で凛とした作品が多くあります。妙に古唐津的作風に染まっていない作風で、清々しさを感じます。一方、越前の土を使った焼き締めは自分で選んで確保している土で作り上げたこだわりの作品。灰被りの荒々しさは、こちらで発揮中。作品は対称的に表現しています。
この後、三好氏・奥様と越前陶芸村へ。楽しみの越前そばを一緒に堪能してから、お二人と別れて陶芸村の工房回りへ。
陶芸村はコアとなる美術館や公園、宿泊施設を抱えていますが、近年では人が集まってこないようです。近隣にある工房もあまり連携が取れていないようなのが残念です。やはり、作家は呼べても、町づくりとしてなかなか成功するケースは少ないものだと思います。
さて、始めは山田和氏の工房へ。独特の土や釉薬の作品を作られているので、いくつか質問しましたが、あまり多くを語らない方でした。しかし、あの赫釉織部もあの炎舞志野も地元・越前の地元の土を使用した作品だとのことで驚きです。何処の土でも焼き物はできると山田氏は言います。土から焼き物を考え、実践している方だと実感。
次は木村好博氏。京都出身の天目など鉄釉を中心に作陶している方です。かなり白い土を使用しているので、まさかとは思いましたが、この方も越前の土を使用しているとのこと。出土の量は少ないとのことですが、選べば京都で作っているような白い陶土の作品がこの越前の地でもできるとはこれも驚き!  窯も見せていただきましたが、釉薬が流れすぎたり、厚掛けした釉薬がピンホールを生むのでロスは非常に多いようです。短気な方には向かないようですね。鉄釉は。
当日の最後は、西浦武・中沢洋子夫妻の工房へ。陶芸村から少し離れた織田町にあります。「pen」という雑誌で、四角い対の徳利が表紙で取り上げられたのがこの西浦武氏の作品です。ふくよかな似たもの同士のようなご夫妻で、窯詰め中にもかかわらず、暖かく迎えていただいて感謝。二度焼きすることもあるというご夫妻の作品はまさに厳しい冬の越前を彷彿するような荒々しい作品です。流れ落ちる自然釉は時間が止まったように器体を這い、雄大な景色を生み出しています。
こうして、越前の1日は終わりました。この晩も越前そばを堪能。そば好きにはたまらない土地ですね。夏にカニが食べられれば、言うこと無いのですが、カニはやはり冬だけ。うーん、残念!
翌朝は京都へ向かいます。


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左:三好氏作品展示1-2
左:越前陶芸美術館
左:山田和氏作品
左:木村好博氏作品
左:西浦武氏作品
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